ミルピス
旅の感興は、酔っ払いが見る夢のようなもので、覚えているうちにとっつかまえるが吉だ。悠長に構えていると、どんどん弱る。あるいは酔いから覚めた自分によって、違う何かに書き換えられてしまう。
そんなわけで、まだ覚えているうちにいろいろ書いておく。根拠とか、客観性とか、文体の統一とか、そういうものは知らん。だって自分のために書くんだもん。なので、もし興味を持ってくださったら、訪問にあたっての詳細は念のためご自身でご確認をお願いいたします。当方による誤記、誤認はもちろんのこと、また万物は常に移ろうものでありますゆえ。
ふらっと利尻へ
利尻に行ってきた。利尻は札幌から飛行機に乗って55分で行ける北海道の離島である。樺太に手が届きそうな寒い海に、花の島といわれる礼文島と仲良く並んでそこにいる。一周60㎞だったかな。車なら2時間ぐらいで周れる島に、4千人を少し上回るぐらいの人々と、鳥や花や小動物が暮らしているそうだ。まわりの海にはウニとか昆布とかあわびとかも暮らしているらしい。ハレルヤ。
島のひとは、儂らや羆やエゾ鹿がうろうろと棲息している北海道島のことを「本道」と言うらしい。我々から見た「本州」的な表現なんだろうか。実家から少し離れたところに暮らす三男坊みたいな気持ちになって、なんだかちょっと切ない。まあ、そんな個人的かつ安っぽい感傷は置いといて、とにもかくにも今日の本題は「ミルピス」だ。
「ミルピス」という名称だけは、いつの間にか記憶というか、細胞レベルで私のなかにしみ込んでいたように思う。飲んだこともないのに。それが何かを確かめようとも思わないくらい、ごくごく自然に。そして、そんなミルピスが、実は利尻にしかない飲み物だということは、今回の旅に際して初めて知った。Googleマップだったか、りしぷら(利尻の観光サイト)だったかで、ほんとに初めて知ったのだ。
あれこれ調べると、営業形態はよくわからないものの、どうやら店舗にてイートイン可能であるようだ。しかもほぼ年中無休、7時から19時までの営業と、めちゃめちゃ観光客フレンドリー。立ち寄らない選択はないではないか。利尻入りした我々は、軽率にミルピス商店を目指すことにした。
閑話
帰って確認したら、愛蔵の「旅人類」にも載っててびっくりしたさ。
ミルピス商店への道
先ほどのGoogleマップ等々でおわかりいただけると思うが、我々観光客がミルピス商店に赴くには車ぐらいしか手段が無い。というか、利尻島の観光スポットのほとんどが同様で、夏ならまだしも(夏は自転車という魅力的な選択肢がある)、秋風吹く北海の島を車無しに巡るのは現実的にはほぼ不可能なのである。よって、利尻を訪う際は、島にいくつかあるレンタカー屋で車を借りられるがよろしかろう。鴛泊のフェリーターミナルには、大手を含めて何軒か、沓形エリアにはハイヤー会社が経営するレンタカー屋が一軒ある。お好みで選択されたし。
レンタカーに乗り込み、スマホのGoogleマップ先生を叩き起こしたら、早速お店に繰り出そう。大きいクラスは知らないが、我々が利用した軽自動車にはカーナビはなかった。今回、まずは沓形で1台、翌日は鴛泊で1台と、2軒のお店で借りたのだけど、両方ともナビはついていなかった。ナビ無しは利尻レンタカーのデフォルトなのかもしれない。尤も、なじみのないカーナビに操作面で翻弄されるよりは、使い慣れたスマホの方が良いかもしれないし、ここらへんは、まあ好きずき。
ミルピス商店の近くは、こんな感じ。このストビューは10年ぐらい前の写真らしく、我々が訪問した時点では、看板も増え、もう少しわかりやすくなっていました(下の写真)。しかし、うっかり通り過ぎたとて、何も問題はない。交通量も少ないし、余裕でUターンをかまして向かえばよろしい。焦る必要はない。人生は長く、夜もまた長いのだ。
と、いうような細々した案内をするために、私はこの駄文をせっせと綴っているのではない。時間もないし、詳細は思いっきり割愛して、さっそく、あの可憐なお店を紹介することにしましょうよ。
到着、ミルピス商店
そう、ここが俺たちの「ミルピス商店」。
なんかもう、この写真を見た瞬間、これ以上、言葉はいらないなと思ったので、以下に片っ端から写真を吊るしておきますよ。どうぞ存分にご覧になって、驚きの声などあげてください。覚悟してらしてね。かわいいから。
店内に溢れる手書きPOP。来訪者のメッセージが書き込まれた大学ノート。ところ狭しと貼られた写真の数々。そして謎に種類が多いメニュー表(よく見たら、同じものが3段、記載されているw)。わーわー興奮しながら見ているうち「ミルピスとはなんぞや」「乳酸飲料は乳酸菌飲料とどう違うのか」などという疑問はすでにどうでもよくなっており、よくわからないまま、少しだけ腰がひけた感じでいただいてみました。や、普通に美味しかったです。道民のソウル・ドリンク「カツゲン」とはまた違う、さっぱり感。甘さ控えめでからだにやさしい味でした。
看板商品「ミルピス」以外にも、コクワやハマナス、懐かしのグスベリなどを使ったジュースも作られており、店内にはこれらの果実を採取されている様子が収められた写真なども置かれていました(昔の写真プリントを、昔の紙製の簡易アルバムに入れて置いてあるんですわ、もう最高)。店主と推察されるご婦人と、お孫さん(?)とのごく普通のツーショとともに、収穫されたコクワの写真があってですね、そこにガムテかなにかに書かれた「コクワ」って説明書きが貼ってあるの。ほんといいです。
そうこうしていると、表の戸ががらりと開き、店主さんが入って来られました。なんという僥倖。
小柄で、過剰な愛想もなく、かといって無愛想でもなく、淡々とお店と商品の説明をされる様子は、店内の手書き説明文の味わいそのもの、あの空間そのものの佇まいでした。コマーシャリズムに毒された我々は、お店の外観の可愛さなどについて、あれこれ質問などしてみたんですが、あれはもう「建物を守るための塗装」でしかないようで、自分の土地で自分の暮らしに専心しているああいう方には、なんか、もう敵わねえなあ、なんて思いながら耳を傾けておりました。
ミルピスもジュースも、それぞれ「素」があり、通販可能なようなのですが、あまりに種類が多すぎて選べず(何しろ知らない果実もあるわけだし。コクワなんて「羆の好物」ぐらいの知識しかない)、とりあえず保留。かわりというわけでもないですが、追加で「ハマナス」の瓶ジュースを持ち帰り。沓形の海に沈む夕日と同じ色をしたその液体を、海が見える窓に置いてたのしむなどした写真が、冒頭の1枚であります。
よい旅でした。